この子の未来にただラブソングを

むらたかもめの子育てブログ

子どもが強くなって困っている

「B級パニック映画でサメが人間を食べる時、こんな感じだったよな」と、我が子の動きを見て思う。

 

ミルクが入った哺乳瓶を差し出すと、君は勢いよく首を前に突き出して齧り付く。めちゃくちゃ激しい。ついこの間までは、恐る恐る確認するように咥えて飲んでいたのに。

 

飲む速度まで早くなった。ゴクゴクと音をたてて、3分ほどで飲み切ってしまう。ゲップも豪快になったし、オナラの音は大きくなった。

 

産まれてから2週間弱だが、しっかり体力がつき成長しているのだろう。ささやかな変化ではあるが、親としては嬉しい。

 

しかし弊害もある。子どもに体力がつくということは、それに対抗する親は体力が奪われることでもあるからだ。

 

体力がつけば行動も変わる。泣く回数や時間は長くなったし、心なしか泣き声も大きくなった。体力が有り余っているようだ。

 

それだけならいい。むしろ微笑ましく思う。しかし手足の筋力増加には、少し困っている。

 

寝かせていても、足の力だけで布団やおくるみから抜け出していることがある。そして、寒くなったからか泣く。掛け布団を足の力で蹴飛ばしてしまうこともある。そして、寒くなったからか泣く。自ら咥えていたおしゃぶりを手で取り投げ捨てることも増えた。そして、おしゃぶりがないことに気づき泣く。

 

自業自得な行動で泣くことが増えてしまった。その都度に親が尻拭いするわけである。

 

これには少し困ってしまう。微笑ましい行動だが、子は辛い思いをしてしまう。できる限り辛い思いをせずに生きて欲しい。できる限り助けたいが、こちらも寝ている時にされては気づくことが遅くなってしまう。これは困った。

 

親に対して被害が及ぶ時もある。それも少し困る。

 

例えば抱っこをしている時。脚力が強くなったことで、強い蹴りを入れてくるようになった。顔を蹴られることもあって、それなりに痛い。泣いて理性を失った時は、蹴りの威力は二割り増しになる。

 

その蹴りはおむつを変えている時も、簡単には食い止められない。蹴りを入れながらジタバタと動く。勢い余ってオムツの中のウンコに自ら足を突っ込むことがある。

 

しかし君はウンコに足を突っ込んでも泣かない。「ウンコが足につきましたけど、何か?」みたいなドヤ顔をする。精神も強くなったようだ。臭い足を洗う親は困ってしまう。

 

成長だと思えば喜ばしいことではある。だから困りつつも笑顔になってしまう。

 

力が強くなるのは良いことだ。しかし「力でなんとかすれば解決する」という考えには陥らないように育って欲しいと思う。力で解決できるのは新生児のうちだけだ。

 

自分の思い通りにするため力の強さを利用することは、弱い人間がやることに思う。そんな方法で思い通りに事を動かす人間は、多くを傷つける人間だ。本当に強い人間は、強さを利用しない。人を傷つけないように心がける。

 

それに弱いからダメということはない。

 

心が弱くなってしまうことは誰しもがあるだろうし、心が強い人間が優れているわけではない。運が良かったから強くいられただけだ。身体だってそう。身体が強いのも運が良かっただけだ。

 

本当に強い人間は、自分が強さを持っている時に、弱ってしまった人を救える人だと思う。そんな時にだけ強さを使える人こそ、強い人間に思う。強さは自分のためではなく、誰かのために使うものだ。それを子育てしているうちに、なんとか君に伝えたい。

 

そんなことを思いながら、蹴りを入れられたり、ウンコに足を突っ込んだ君の足を洗ったりする。それでも耐えているのは、今の父は君よりも強いからである。これも強さの正しい使い方だ。

 

でもウンコに足を突っ込んでも平然としている君は、精神力だけは父よりも強いかもしれない。