トミカ博の会場に着いた瞬間から、息子はハイテンションだった。
会場前の時点では中に何があるのかわからないはずなのに、自分の好きなものがあることを知っているかのように、叫びながら入口に駆け寄ろうとする。それを止めるのが必死な親と、それを振り解こうと必死な息子。周囲に子どもがたくさんいるので、楽しい何かがあると察したのだろうか。

息子はミニカーが好きだ。寝る時も握りしめて寝ることが多いし、保育園へ向かう時は必ず1台は手に待っている。そんな息子にトキメキを与えたいと思っていたところ、インスタの広告でトミカ博の開催を知った。ネット広告に初めて有り難さを感じた。
入口に来ても息子の興奮は治らず、ポスターを指差して叫ぶ。カーキャリアをずっと指さしていた。カーキャリアがお気に入りのようだ。

しかし帰りにお土産で買ったミニカーは、全く違うレヴォーグのパトカーだった。

入場特典の非売品限定トミカを貰うと、まだ箱にトミカが入ったままなのに喜び興奮し、手に持ちながら飛び跳ねていた。展示を見る時も手に持ったままだ。


最初は大人しくトミカのオリジナルラッピングがされた車の展示を見たり、ケースに入ったトミカと自分のトミカを見比べたりと大人しく楽しんでいた息子だが、トミカへの情熱が抑えきれなくなると、自我を保てなくなった。

ケースに入っていない展示までを見つけると、立ち入り禁止のエリアに入ってトミカで遊ぼうとする。実際にトミカを手に待って遊べるアトラクションでは、待機列ができている入口に並ばずに出口から入って遊ぼうとする。

トミカを釣竿で釣る『トミカ釣り』というアトラクションでは、釣り竿を手に待ってみたはいいが、手で好みのトミカを掴もうとした。「手で掴んだ方が簡単に取れるじゃん!」と思ったのだろうか。
それらを必死に止めていたので、あまり写真を撮ることができなかった。息子は好きなものには真っ直ぐかつ、それを効率よく手に入れることを優先してしまうようだ。それは時と場合によっては「賢い」と評されることもありプラスにもなるが、時と場合によっては身勝手な行動にもなってしまう。その違いについては、追々学んでいこう。
大人の立場から最も楽しくてアトラクションは『トミカミニミニドライバー工房』だ。その場で参加者の写真を撮って、その写真をトミカの運転席に貼り付けてくれるというアトラクションである。まるで自分たちが運転しているようなトミカが作れるのだ。

息子はなぜか受付でもらった参加券のデザインを気に入ったらしく、惚れ惚れとしたら顔で参加券を眺め、なかなか受付のスタッフに渡さずに困らせてしまった。だがその場で組み立てられていくトミカのことは興味津々に観察していた。

この場所にいた瞬間の自分と息子が乗っているトミカ。世界に一台のこのトミカは、大切な宝物のひとつになった。
でも息子はそのトミカよりも帰りに買ったイベント限定モデルのレヴォーグパトカーを1番に気に入っているようで、帰りのゆりかもめでも大切そうに握っていた。

家に帰ってトミカ博で調達したコレクションを並べて楽しむ時も、世界にひとつだけの自分たちが運転席にいるトミカは蔑ろにして、興味をあまり持っていなかった。

それならば世界に一つだけのトミカは、宝物として大切にしまっておこう。
子どもは大切なものほど毎日手に触れて遊び倒すけれど、大人は大切なものほど遊ばずに丁寧にしまっておくこともあるのだ。
