この子の未来にただラブソングを

むらたかもめの子育てブログ

息子が変な絵本を好きになった

息子が変な絵本を好きになった。『しりながおばけ』という絵本だ。

 

 

この絵本の主人公は、長い尻を持っているしりながおばけ。タイトルと設定からしても変だ。しかもしりながおばけはおばけでありながらも実体を持っていて、触れることができる。おばけの概念を覆した。

 

かといってしりながおばけは自身の意思は持っていない。自らの意思で動くことも喋ることもない。そのためか物として扱われている。まるで〈生活を豊かにする便利グッズ〉かのように。

 

Amazonに掲載されている試し読みページを見るだけででも、しりながおばけの便利さは理解できるだろう。

 

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大きさも様々で、多様な使用法がある。一家に一匹(おばけの単位が匹なのかはわからないが)いると、かなり助かるはずだ。

 

この絵本は読み聞かせ目的で買った。だが内容は読み聞かせに向いていない。文章は少なくて「べんり!」「たいほ!」などの単語が中心で、そんな単語をシュールな絵に合わせて言うしかないのだから。

 

それでも息子はしりながおばけが大好きだ。「これ!これ!」と言って指差しながら、しりながおばけの絵本を求めてくる。他の真面目な絵本には目もくれずに。

 

だから父はシュールな絵を見せながら「しりながおばけはべんり!」と息子に読み聞かせる。どうやら息子はしりながおばけに出会う前、動物図鑑が好きだったことをすっかり忘れてしまったらしい。

 

息子は『しりながおばけ』を読んでいる時、必ずおすもうさんのページで止まる。おすもうさんを指差し、次のページへ進ませないようにする。「なぜしりながおばけにおすもうさんが出てくるのか?」と疑問に思うだろうが、それは読んでも絶対に理解不能なので気にしないで欲しい。そういう絵本なのだ。

 

息子はしりながおばけよりもおすもうさんが好きなのかもしれない。普通は主役のしりながおばけを好きになるものだろう。変な絵本の変な部分を息子は好きになってしまった。

 

でもそんな息子を微笑ましく思う。明確に「これが好き」という好みが出てきたことも嬉しい。少しずつ自我が芽生えた証拠だし、成長している証でもあるからだ。

 

そもそも変だと思う大人の感性がひねくれているのだろう。息子は偏見を持たずに感性のままに好きなものを愛している。息子のおかげで「好き」の本質を思い出させてもらった気がする。

 

最近、また新しく絵本を買った。『すしん』という絵本だ。これも変な絵本だった。

 

 

寿司がひたすらに登場し、寿司が車輪を付けて走ったり、ヘリコプターのように飛んだりする。

 

しかも文章は書かれていない。寿司を擬音にした言葉がひたすらに並ぶだけだ。『しりながおばけ』以上に読み聞かせに不向きである。

 

Amazonに掲載されている試し読みのページを見るだけででも、その異質さを理解できるだろう。

 

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息子はすしんも好きだ。しりながお化けと同じように指差しながら「これ!これ!」と言って求めてくる。やはり変な絵本に惹かれるのだろう。だから父は「すししししししししししし」と読み聞かせる。

 

寿司ばかり出てくる絵本だが、唯一寿司以外の食べ物としてピザも出てくる。「なぜすしんにピザが出てくるのか?」と疑問に思うだろうが、それは読んでも絶対に理解出来ないので気にしないで欲しい。そういう絵本なのだ。

 

息子はピザが好きなようで、ピザのページをまじまじと観察するように長時間眺める。やはり変な絵本の変な部分を息子は好きになる。

 

でも息子の自我が芽生えた証拠だからとても嬉しい。それに「寿司とピザは変な組み合わせだろ」と感じる大人の偏見をぶちこわしてもくれた。息子は偏見を持たずに自身の感性を最も大切にしている。そこは大人である自分も見習わなければ。

 

それに“変な絵本を買った変な親”である父のことも、偏見を持たずに好きでいてくれているようだ。だから毎日のように変な父親に「変な絵本を読んでくれ!」と求めてくる。

 

息子よ、変な父親を偏見を持たずに好きでいてくれてありがとう。これからもその感性を大切にしてね。