最近の息子はファッションにこだわりが出てきたようで、短パンを嫌がるようになった。短パンを履かせようとすると「いやぁぁぁぁああああ!!!!」と泣き叫び拒否し、履かせても自ら脱ぐ。そういえば息子は、いつしか自分で服を脱げるようになった。
その代わりに長ズボンは好きなようで、長ズボンを見るだけで笑顔になり、自ら足を上げてはズボンを履く。その中でも好きな長ズボンと嫌いな長ズボンがあるので、なかなかにややこしい。嫌いな長ズボンだと、短パンと同じように「 いやぁぁぁぁああああ!!!!」と泣き叫び拒否する。
これからは息子を連れて西松屋へ行き、彼の好みを確認してから服を買わなければならないようだ。そういえば息子は、いつしか自分で服を着れるようになった。
だが息子は「ズボン」と発音することができない。「パンツ」と発音するのも難しい。彼は好きなものの名前を言えないのだ。
その代わり自分が発音できる文字を組み合わせて「うんぱ」という新たな言葉を発明し、 世間で「ズボン」と呼ぶ服を「うんぱ」と呼んでいる。
この頃の息子は長ズボンを求める時に甘い声で「うんぱぁ///」と囁き、長ズボンを履きながらハイテンションで「うんぱぁ///だぁぁあああ!!!」と叫ぶ。スボンの丈にもこだわりが生まれたようで、くるぶし辺りまで隠れなければ気に食わないらしい。自分で「うんぱ」の端をひっぱって好きな丈の長さにして、満足気に「うんぱぁ///」とつぶやく。
いつしか親である自分達も、息子に影響されてズボンのことを「うんぱ」と呼ぶようになった。
そんな息子の名付けた新たな言葉は他にもたくさんある。例えばチーズのことを「ききき」と呼んだり、お花のことを「おかか」と呼んで鰹節に変化させたりと。
チーズもお花も息子は大好きだ。でもまだ正しい名称を発音できない。だから「うんぱ」と同じように、息子はそのもののから感じ取った印象を、発音できる文字を組み合わせて言葉にし呼んでいるのだろう。
間違えた覚え方をしているから、正すべきなのかもしれない。でも「好きなものに自分が思い描いた名前をつける」ということは、思考や感情が成長したことの証のひとつに思うし、ささやかながらも創造や創作のひとつだとも思う。悪いことではないはずだ。
それに親である自分たちも、自分達が思い描いた名前を子どもに名付け、自身の子どものことをその名前で呼んでいる。決して息子に呼びかける時に「息子」「子ども」とは言わない。
大切なものには、他にはない特別な名前をつけて呼びたいではないか。